一般社団法人 孫子塾

孫子塾

孫子塾設立の趣旨

1 人生は日々戦いの連続である

 「生きている」ということは、つまるところ問題・トラブル(苦労・心配・面倒・厄介・葛藤・紛争など)を惹き起こすことに他なりません。ゆえに、好むと好まざるとに関わらず、また価値観のいかんや、ことの広狭大小を問わず、現実の人生は日々戦いの連続であり、その最たるものが戦争と言えます。

 そのような場におけるそれぞれの矛盾解決をめざす主体的な努力なしには、我々のよく生きる道はないということです。このような考え方に、もし抵抗を感じる人があるならば、その人は、自分の人生をよりよく生きようとする努力と、人生の真の成功者たらんとすることに背を向ける人であると言えます。

2 戦いの原理たる戦略的視点に基づく問題解決の方法

 問題・トラブルとは、通常の状態がある原因によって阻害されている事態ですから、おのずからそこには意志と意志の衝突構造が存在することになります。大は戦争から、小は組織や企業間の競争、個人間の対立や紛争、個々人の内面的葛藤や心的煩悶に至るまで、その根底には必ずこの衝突構造が観察されます。

 逆に言えば、「問題が解決しない」「目標が達成できない」などの現象は、この普遍的な衝突構造の分析と把握、その対処の在り方に問題があることを示唆するものであります。

 これを解読可能にするものは、やはり「戦いという事象」に関する戦略的方法ということになります。とりわけ孫子は人間の社会的営みの中で最も激烈な現象である戦争を簡潔に総括し、勝つための、あるいは負けないための戦略的方法を論じて世界に名高い書物です。つまり孫子は、問題・トラブルの解決に資する戦略的視点を学ぶには最高のテキストであるということです。

 孫子を学ぶということは、言い換えれば、実人生の世界を強く生き抜くための知恵(自分の頭を使い、自分で答えを出せる脳力)を磨くことに他なりません。このゆえに孫子は兵書でありながらその理論はあたかもバイブルのごとく、即、現代に通ずるという最古にして最新の希有な書物と評されるのです。

3 孫子が難解とされる理由

 孫子は、戦争という極めてマクロな現象を簡潔に総括するものですから、おのずから、その説くところも抽象的な原理原則に止まらざるを得ません。このゆえに、その理解に当たっては読む者に高度の抽象的能力が要求されるのです。

 言い換えれば、個別具体的な実際問題への応用に当たっては、個々人が主体的かつ能動的に絶えず自分自身で思索し判断してゆく必要に迫られるものであります。孫子が一般的に難解とされる所以(ゆえん)であります。

4 孫子の入門篇もしくは基礎論としての脳力開発

 「脳力開発」は、提唱者の故城野宏先生が四半世紀を超える中国大陸での激烈な体験と深い思索をもとに、人間の普遍的行動の原理原則を体系的に整理し纏(まと)められたものです。

 自らのおかれた客観条件を徹底して調査し、反覆して考えぬき、現実に即して、いかにして正確な判断をするかという情勢判断の方法、及びその判断の基礎を成す人間の「心の鍛え方・磨き方」を具体的方法論として提示しております。

 言い換えれば、孫子はただ命ぜられて動くだけのいわゆる一兵卒のための書物ではなく、軍を統率し、戦局の全般情勢を判断し、決断し、実行しなければならない将軍(リーダー)の在り方を論ずるものです。このゆえに、まずリーダー(将軍)と同じ目線・立場に立つことが孫子を理解するための大前提となります。

 然しながら、有機体という意味では個々人もまた一つの組織体であり、そこにはおのずから言わばセルフリーダー(自己決定を行う主体者)が存在するわけです。言い換えれば、自覚するとしないとに関わらず、個々人はすでにリーダーの立場にいるのであります。

 まさに「脳力開発」の目的は、この自己のリーダーたる自己に目覚め、己の主人公たる己を自覚し、自他の本質を明らめ、それを敷衍して様々な問題解決に当たるというところにあります。「脳力開発」を孫子の入門篇・基礎篇とする所以(ゆえん)です。

5 孫子の実践論的体系としての「脳力開発」

 「脳力開発」には、戦いという事象に関する高度な抽象的理論たる孫子を、具体的かつ日用的に活用するためのまさに実践論的体系としての側面があります。逆に言えば、平易な日常的問題を対象とする点でミクロ的であり、そのゆえに、戦いの原理原則を具体的に理解し体得するためには極めて優れた方法論と言えます。

 つまり、孫子兵法と脳力開発は、言わば表裏一体の関係にあり、相互補完的役割を果たすものであります。この両者をそれぞれの角度から循環往復するスパイラルなプロセスで学ぶことにより、次第に高度な問題解決が可能となるのです。

6 なぜ古伝空手・琉球古武術なのか

 江戸時代初期の兵学者・山鹿素行は、平和時のいわゆる武士道を論じ「武士は人間として立派な生き方を世の中に示すために存在している」と喝破しております。その中心的な手段が文武両道にあることは論を俟ちません。逆に言うと、古来、洋の東西を問わず文武の道は人間形成に必須の要件であります。

 そのゆえに、当塾では現代のサムライ的日本人たらんと志す人々のために、その武術的、精神的修練の場として「日本空手武道会 拓心観道場」を併設し、古伝空手、琉球古武術、松濤館流空手を専門的に教授しております。

 言わずもがなのことですが、孫子の具体的理解のためには、その思想が具現化されている武術を稽古することが近道です。とりわけ、琉球武術たる古伝空手・琉球古武術は最適の優れものです。中国武術の少林拳を祖とする古伝空手・琉球古武術には孫子兵法の武術的思想が色濃く流れているからです。

 たとえば、琉球古武術における棍(棒)の用法などまさに孫子の曰う『常山の蛇』<第十一篇>を彷彿とさせます。あるいは「捌き」の用法によって抽象的な『不敗の地』なるものを具体的にイメージすることができます。

 とりわけ、琉球古武術の究極の目的は、いざというとき、いかにして身の回りにある物を武器として活用するか、使いこなすか、という一点にあります。そのために平素から、棒・釵・トンファー・ヌンチャクなどの定型的な武器を用いて稽古しているのです。
 つまり、琉球古武術を学ぶということはまさに孫子兵法を学ぶということに他ならず、条件をつくり、条件を活用するという意味においては、まさに脳力開発の武道であると言えます。ことの事情は古伝空手の場合も同様です。

 ともあれ、孫子兵法であれ、脳力開発であれ、あるいは古伝空手であれ、琉球古武術であれ、真の意味での言わば護身術を修得することは、人間として自在な生き方を可能とし、何事にも安心して自分の道を行くことができるということであります。まさにこれこそが精神の安全の根本であり、健康を保つ基本であります。

7 なぜ孫子塾を設立したのか

 難しい難しいと額にシワをよせ、うまくゆかない、なんで世の中はこう思うようにゆかないのだと嘆き、恨みつつ過ごすのも人生、逆に、楽しく、愉快に、易しく問題を解決し、明るく素敵な人生を送るのも人生です。

 脳力開発的に言えば、前者が「現状に甘んずる姿勢」、後者が「進歩発展の姿勢」と解されますが、一般的に、(先入観・思い込みのゆえか)後者の方が難しいという感覚に囚われ易く、つい前者の方の姿勢に固まってしまい勝ちであります。

 然しながら、原理的に言えば、どちらが楽で、どちらが苦か、どちらが易しく、どちらが難しいか、ということはありません。どちらも質的には同じであり、どちらも同じように易しいということです。どちらの方向に進んでも、いわゆる人生苦(満たされず・空しく・苦しい)から逃れられないという厳しい現実を直視すれば、その理由はおのずから明らかであります。

 ともあれ、人生の現実は絶対の「二者択一」であり、両方は同時にとれません。戦略とはまさにそのどちらかを選択する厳しい道であります。どちらを取るのかは、まさに当人の人生全体に対する生き方の選択の問題であります。どちらも取れる、しかし、どちらかしか取れないということです。

 当塾の「孫子兵法」と「脳力開発」に係わる各種の講座は、まさにその客観的事実を明確に弁(わきま)え、世俗の垢に塗れた無用の色メガネを意識して外し、どの立場(価値観)を優先して決断し実行するのかの具体的な方法を学ぶことを目的としています。
 そもそも、困ったり、嘆いたりするのは、自分の希望することが、予定どおりに実現されず、実現できる方法が見つからない時の状態です。できる方法が見つかり、一つ一つ実現されてゆく過程に入れば、何も困ったり嘆いたりすることはありません。

 孫子塾の目的は、まさにグローバル競争という危機を迎え、今日の日本人が焦眉の急として学ぶ必要がある「孫子兵法」「脳力開発」、さらにそのバックポーンとなる「古伝空手」「琉球古武術」を何れからのアプローチであれ本格的かつ体系的に学べるシステムを整え、その受け皿としての場を提供することにあります。

 言い換えれば、孫子塾とは、何ごとにも動じない揺るぎなき自己を確立することを志す社会人のための兵法塾であり、同時に武術的な側面から日本人の兵法的思考と心身を錬磨するための武術学校と言えます。

 兵法とは、つまるところ応用学であり、別言すれば、目的を達成するための方法の発見学とも言えます。そのゆえに兵法の中心的な意義は、枝葉・部分・結果としての「能力」の開発ではなく、根幹・全体・原因としての「脳力」の開発にあります。

 この脳力開発に起因する兵法的思考力や創造力(想像力)が適切な応用、もしくは方法の発見をもたらす訳であります。

 然(しか)しながら、いくら構想や方法が適切であってもそれを実現するための根本条件たる勇気(実行力)が欠落していては全ては画餅に帰すことは蓋(けだ)し当然のことであります。古来、洋の東西を問わず、人間の総合的実力(つまりは兵法的思考力)を形成する要訣として文武両道が求められて来た所以(ゆえん)であります。

お知らせ

2017年01月21日
28:日本人のルーツ『倭人はどこから来たのか』の出版のお知らせ
2016年01月02日
27:【孫子 一問一答】シリーズ 第六回の「立ち読み」のご案内
2015年08月13日
26:孫子の曰う『拙速』と、いわゆる「拙速」の典型例たる「戦争法案」との関係
2015年06月16日
25:【孫子正解】シリーズ 第十回の「立ち読み」のご案内
2015年06月01日
24:【孫子 一問一答】シリーズ 第五回の「立ち読み」のご案内
2017年04月13日
「孫子に学ぶ脳力開発と情勢判断の方法」通学ゼミ講座 受講生募集
2015年01月07日
22:【孫子 一問一答】シリーズ 第四回の「立ち読み」のご案内
2014年09月29日
21:【孫子 一問一答】シリーズ 第三回の「立ち読み」のご案内
2014年07月23日
※著者からの「読者サービス」のお知らせ
2014年06月16日
19:電子書籍【孫子 一問一答】シリーズ第二回出版のお知らせ
2014年04月10日
18、根本的におかしいNHK・百分de名著「孫子」
2014年03月30日
【孫子 一問一答】シリーズ 第一回 出版のお知らせ
2013年12月22日
コラム15:〈第三篇 謀攻〉に曰う「兵力比互角の戦法」について
2013年12月12日
コラム14:孫子の曰う『善後策』と『拙速』の真意について

コラム

☆コラム24:【孫子 一問一答】シリーズ 第五回の「立ち読み」のご案内
 ここでは【ご質問】Ⅲの、「孫子は、いわゆる集団的自衛権についてどのように論じているのでしょうか」についてその内容をご紹介します…
 

>>続きを読む…