一般社団法人 孫子塾

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コラム

8、老子と孫子の共通性について

 弊サイトのコラム(2011/5/30)にて、「孫子兵法と易経・老子・毛沢東・脳力開発」との関係についてコメント致しましたが、今回は、「老子と孫子の共通性」にポイントを絞り論じて見たい思います。

一、老子と孫子、その時代について
 「史記」によりますと、孫子(孫武)が呉の将軍となったのは紀元前517年とあります。また「史記」には、「孔子はかつて老子と会見して、礼についての教えを請うた」ともあります。その孔子の生年は紀元前552年であり、没年は紀元前479年とされています。

 一方、老子も孫子も伝記が孔子ほどはっきりしないため、両者の生年・没年を特定することはできません。が、少なくとも、孫武が将軍になったとき、孔子は三十五歳位であったとは言えます。これらを勘案して敢て推測すれば、老子も孫子も孔子も共に同時代の人であるが、生年順で言えば、老子、孫子、孔子の順と言えなくもありません。因みに、彼の釈迦(ゴータマ・シッダルタ)の生年は紀元前563年、没年は紀元前483年とされておりますから、奇しくも老子・孫子・釈迦・孔子の四聖人はほぼ同時代を生きた人物であると言えます。

二、古来、老子は兵法家の愛読する書であった
 老子の説く「無」は、単に「何も無い」を意味したのではなく「何も無い、だからこそあらゆる変化に応じて全てを生じることができる」という積極的エネルギーを具有するものであり、まさに老子が、政治や軍事について積極的に論じている所以(ゆえん)であります。

 そのゆえ、老子は古来、兵法家の愛読する書であったのであります。そもそも老子は、唐代には兵書の一つとみなされ、例えば「道徳真経論兵要義述」を著した王真は、「老子の五千言は一章といえど雖も意の兵に属さざるところ無し」と述べているほどであります。

 その老子が孫子にどのように影響を与えたかを具体的にたどることはもとよりできないが、少なくとも両者の思想に著しい共通性があることは明らかであります。あたかもそれは、孫子が老子の基本理念を軍事問題に適用して成立したかのごとき感が強いのである。今、試みにその共通性の具体例を幾つかを挙げて見ます。

三、その共通性の具体例

(1)『道(原理)の道とすべきは、常の道に非ず(万物は流転し、常なるものは無い。これが宇宙の根本法則である)』<上篇(道経)第一章>、あるいは『反(対立 する状態)は道の動(運動法則)なり。弱(消極)は道の用(作用の形式)なり』<下篇(徳経)第四十章>

 まさに、対立物が相互に転化し、矛盾によって発展するという弁証法的な考え方を示唆するものであります。一方、そもそも兵法は、事物の変化を根底におくものゆえに、老子と孫子はその世界観を同じくするものであると言えます。

 孫子が<第六篇 虚実>で論ずる局所集中戦略(少数で多数に勝ち、弱が強に勝つ)などはまさに「ものごとを全て変化においてとらえる」という普遍的な思想を根拠するものであることは論を俟ちません。

(2)『上善は水のごとし』<上篇(道経)第八章>

  孫子の曰う『夫れ、兵の形は水に象(かたど)る。水の行くは、高きを避けて下 (ひく)きに趨(おもむ)く。兵の勝つは、実を避けて虚を撃つ』<第六篇 虚実> は、老子の言の孫子的表現であるとも言えます。

(3)『善くする者は果たして止む。敢(あえ)てもって強を取らず』<上篇(道経)第三十章>、もしくは『止まるを知れば、殆うからず、もって長久なるべし』<下篇(徳経)第四十四章>

 孫子の曰う『拙速』<第二篇 作戦>はまさに上記の言の別表現とも解されます。

(4)『それ兵は不祥の器(道具の意)、物(万物の意)つねにこれをこれを悪(にく)む』<上篇(道経)第三十一章>

 孫子十三篇の巻頭言たる『孫子曰く、兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道、 察せざる可からざるなり。』はまさに上記の別言であると言えます。

(5)『人を知る者は智、自ら知る者は明(知の限界を知る者の意)』<上篇(道経)第三十三章>

 孫子の曰う『彼を知り己を知れば、百戦してあや殆うからず』<第三篇 謀攻>とはまさに上記の別言であると言えます。

(6)『正を以て国を治め、奇を以て兵を用い、無事を以て天下を取る』<下篇(徳経)第五七章>

 孫子の曰う『凡そ、戦いは正を以て合い、奇を以て勝つ』<第五篇 勢>は、まさ に老子の思想を軍事に適用したものと言えます。

(7)『善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒らず。善く敵に勝つ者は与(あらそわ)ず』<下篇(徳経)第六十八章>

 孫子の曰う『敵を殺す者は怒りなり。敵に取るの利は貨なり』<第二篇 作戦>はまさに上記の言の別表現であります。

(8)『 禍は敵を軽んずるより大なるは無し。敵を軽んずれば殆ど吾が宝を失う』<下篇(徳経)第六十九章>

 孫子の曰う『小敵の堅は大敵のとりこ擒(とりこ)なり』<第三篇 謀攻>、あるいは『兵は多きを益とするに非ざるなり。惟(ただ)武進すること無かれ~夫れ惟(ただ)慮(おもんぱか)り無くして敵を易(あなど)る者は、必ず人に擒(とりこ)にせられる』<第九篇 行軍>とその思想を同じくするものです。

(9)『兵を抗(あ)げて相(あ)い如(し)けば(対陣して兵力が伯仲するときは、の意)、哀しむ者(進んで攻撃を仕掛けずに攻勢防禦の形を取る者、の意)勝つ』<下篇(徳経)第六十九章>

 まさに孫子の曰う『守るは則ち余り有り、攻むるは則ち足らず』<第四篇 形>、 あるいは『危うきに非ざれば戦わず』<第十二篇 火攻>の別表現と言えます。

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 とりわけ、スポーツの場合は、まずルールがあり、それをジャッジする審判がいます。つまり、スポーツの本質は、娯楽・見世物(ショー)ですから、おのずから力比べのための条件を同じくし、その上で勝負を争うという形になります。つまりは力比べが主であり、詭道はあくまでも従となります。そうしなければ娯楽・見世物にならず興行が成り立たないからです。

 これに対して、武術の場合は、ルールもなければ審判もいない、しかも二つとない自己の命を懸けての真剣勝負であり、ルールなき騙し合いというのがその本質であります。つまるところ、手段は選ばない、どんな手を使ってでも「勝つ」ことが第一義となります。おのずから相手と正面切っての力比べは禁じ手となり、必ず、まず詭道、則ち武略・計略・調略をもってすることが常道となります(まさにそのゆえに孫子が強調するがごとく情報収集が必須の課題となるのです)。

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