一般社団法人 孫子塾

孫子塾

コラム

12、孫子の理論体系(全体構造)と体系図について

 
一、孫子の理論的体系考察の歴史

1、中国の有名な孫子註釈者(いわゆる古註諸家)の根本的な誤り

 そもそも孫子十三篇は、各篇の連続するその並びに順序があり、かつ全体で首尾一貫するものであるゆえに、自ずから各篇は別々のものではなく、お互いに有機的関係にあって全体を構成しているものと解されます。このゆえに孫子は、まず十三篇全体の趣旨と各篇の趣旨、それに基づいて各篇が連続する順序とを良く理解して読むのが適切な学び方と言えます。

 而(しか)るに、中国の有名な孫子註釈者(いわゆる古註諸家)やその他の孫子解説者は、上記した孫子の適切な読み方それ自体の意味が分からないため、結局は、孫子十三篇全体の趣旨が分からず、全体の趣旨が分らないから、各篇の解説も自ずからその趣旨を失っているということにならざるを得ないのであります。

 このため、何かしら核心から外れているという忸怩(じくじ)たる思いからか、言わば苦しまぎれに、孫子も『大学』の書と同じような構成であると解して、〈第一篇 計〉を綱領(要点・眼目の意)、〈第二篇 作戦〉以下の篇を条目(箇条書きの項目の意)として分けて解説しているものもあります。

 もとより孫子はそのような形式の書物ではありませんから、強いてそのように分けて説くとなれば、自ずから論理の破綻を招来して理屈のこじつけとならざるを得ず、孫子解釈の中心点から大きく外れることになります。
 あたかもそれは、孫子十三篇の中から、例えば、目的論・戦力論・戦略論・戦術論・管理論などの構成に合致する言句を抽出してまとめ、それらの要点を述べるがごときものであります。孫子の理解とは程遠いものになることは論を俟ちません。

 孫子の解説がまさに「隔靴掻痒」(かっかそうよう:かゆいところを靴の上から掻く意。物事が徹底しないで核心に触れないこと)の如きものとならざるを得ない所以(ゆえん)であります。

2、孫子の理論体系(全体構造)を最初に見い出した人は、彼の山鹿素行である。

 孫子研究者として夙(つと)に有名な佐藤賢司氏はその著「孫子の思想史的研究」(風間書房)で次ぎのように述べておられます。
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 『孫子』十三篇は、その有機的体系の完璧という点で、世界最初の科学的兵法書とみられる。そうして、『孫子』のこの科学的体系を見い出し、これを完全な言葉に表現したものは、和漢(日本と中国の意)を通じて、我が山鹿素行をもって最初とする。漢土(中国の意)の『十家註(中国の有名な十人の孫子註釈者の意)』になんらその形跡を見ることができない。

 我が国最初の『孫子』注釈書とみられる林羅山の『孫子諺解(口語による漢文解釈の意)』は、単なる字句の註釈に終り、体系的考察には全然およばなかった。北条氏長の「孫子外伝」は日本における最初の好注釈書と見られるが、依然として体系的考察はなされなかった。然るにわれわれは、山鹿素行の「孫子諺義」の自序(著者自ら書いた序文の意)における次ぎの諸説をみて驚いた。則ち、

 十三篇の全部は、一連の鎖を以てつながれている。〈第一篇 計〉と〈第十三篇 用間〉との二篇は首尾となり、その胴体とみられる他の十一篇、則ち〈第二篇 作戦〉〈第三篇 謀攻〉の二篇、〈第四篇 形〉〈第五篇 勢〉〈第六篇 虚実〉の三篇、〈第七篇 軍争〉〈第八篇 九変〉〈第九篇 行軍〉の三篇、〈第十篇 地形〉〈第十一篇九地〉の二篇、〈第十二篇 火攻〉の一篇は、概ねそれぞれの集団において、一串・一意をなすばかりでなく、卒然という常山の蛇のように、その全篇は微妙に首・中・尾、相応ずるように構成されているのである、と。

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3、山鹿素行の説く孫子の理論体系(全体構造)について

 山鹿素行の構成分類を分り易く縦に並べて見ると次ぎのようになります。

Ⅰ、首(かしら):〈第一篇 計〉

Ⅱ、中(胴体・中身)

 ①〈第二篇 作戦〉
 ②〈第三篇 謀攻〉

 ③〈第四篇 形〉
 ④〈第五篇 勢〉
 ⑤〈第六篇 虚実〉

 ⑥〈第七篇 軍争〉
 ⑦〈第八篇 九変〉
 ⑧〈第九篇 行軍〉

 ⑨〈第十篇 地形〉
 ⑩〈第十一篇九地〉

 ⑪〈第十二篇 火攻〉

Ⅲ、尾:〈第十三篇 用間〉

 この構成分類を見る限り、佐藤賢司氏には誠に申し訳ないが、氏の言われている『然るにわれわれは、山鹿素行の「孫子諺義」における次の所説を見て驚いた』のごとき「驚き」は基本的には感じ得ません。何となれば、それは必ずしも正鵠(せいこく)を射たものとは言えないからであります。

 とは言え、部分的にはもとより見るべきものはあります。まさにそれが、『十三篇の全部は、一連の鎖を以てつながれている……。卒然という常山の蛇のように、その全篇は微妙に首・中・尾、相応ずるように構成されているのである』の下りであります。
 これこそがまさに、(大雑把ではありますが)孫子十三篇全体の趣旨と体系を初めて世に明らかにした人は、日本の山鹿素行であるとする証左であります。まさに慧眼であり、古来、世に有名な中国の孫子註釈者(いわゆる古註諸家)と比べて実に画期的な見解と言えます。

 が、しかし、総論的な概略はその通りであっても、その具体的な一つひとつ内容となると、なぜそういう繋がりになるのかの根拠が極めて曖昧であり、自ずから、各篇の趣旨、それに基づいて各篇が連続する順序の解説もまたその根拠が不明瞭であると言わざるを得ません。言い換えれば、著者孫武の言句をもってその理論体系(全体構造)を語らしめたものというよりも、むしろ、山鹿素行がその素養たる兵法的見解を踏まえて独創的に組み立てたもの言わざるを得ないのであります。

 その意味においては、〈第一篇 計〉を綱領、〈第二篇 作戦〉以下を条目(箇条書きの項目の意)として、孫子を『大学』の書と同じような構成とする古註諸家の説と大差は無い、ということになります。

 孫子の解説がまさに「隔靴掻痒」(かっかそうよう:かゆいところを靴の上から掻く意。物事が徹底しないで核心に触れないこと)の如きものとならざるを得ない所以(ゆえん)であります。

二、山鹿素行の説く孫子の理論体系(全体構造)の矛盾点を論ずる

1、「常山の蛇」の首(かしら)が〈第一篇 計〉であり、尾が〈第十三篇 用間〉であることはその通りでありますが、なぜ〈第二篇 作戦〉と〈第三篇 謀攻〉が胴体(中身)として区分されているのか意味不明であります(但し、同じ括りであること自体には異論はありません)。そもそも〈第二篇 作戦〉は篇名は「作戦」であっても、その内容は経済的見地から戦争を論ずるものゆえに、まさに〈第一篇 計〉と同じ括りになるものであることは明白です。

 また〈第三篇 謀攻〉は、素直に読めば、その前半部が「戦わずして勝つ」の総論を、その後半部が「戦いて勝つ」の総論を論じていることは明白です。言い換えれば、〈第一篇 計〉と〈第二篇 作戦〉は孫子の戦争観・用兵思想を論ずるものであり、〈第三篇 謀攻〉はその具体的な用兵総論を述べているものゆえに、この三篇は、一つの括りとして解するのが適当と言えます。

 とりわけ〈第三篇 謀攻〉の用兵総論から、〈第四篇 形〉以下の各論が分説・展開されるという構成になっているものゆえに、「常山の蛇」の首(かしら)の部分とは、まさにこの三篇を曰うものと解するのが適当であります。

2、〈第四篇 形〉〈第五篇 勢〉〈第六篇 虚実〉が胴体(中身)として区分されるのはその通りでありますが、なぜに〈第六篇 虚実〉が〈第四篇 形〉〈第五篇 勢〉と同じ括りなのか意味不明と言わざるを得ません。

 そもそも〈第四篇 形〉〈第五篇 勢〉は兵力比互角の戦法を説くものでありますが、〈第六篇 虚実〉は明らかに「敵は分散・我は集中」の局所優勢戦略(言わば弱者の戦法)を論ずるものであります。

 この両者を強いて同一の括りで解すること自体が、とりもなおさず、孫子の解説を「隔靴掻痒」(かっかそうよう:かゆいところを靴の上から掻く意。物事が徹底しないで核心に触れないこと)のものとする元凶と言わざるを得ません。やはりここは、〈第四篇 形〉〈第五篇 勢〉は同一の括り、〈第六篇 虚実〉は 別の括りと解するのが適当であります。

3、〈第七篇 軍争〉〈第八篇 九変〉と〈第九篇 行軍〉を一括りのものと解するのはいかにも不適当であります。そもそも〈第九篇 行軍〉は『軍を処き、敵を相る』ものゆえに、明らかに、用兵上の諸原則の一たる、組織運用論として括られるべきものであります。また、〈第七篇 軍争〉〈第八篇 九変〉は弱者の戦法論の理論篇たる〈第六篇 虚実〉に続く、実践篇及び心術篇(脳力開発)の意と解すべきであります。そのゆえに、〈第六篇 虚実〉〈第七篇 軍争〉〈第八篇 九変〉は一括りのものとは言えますが、〈第九篇 行軍〉は別ものということになります。

4、〈第十篇 地形〉と〈第十一篇 九地〉を一括りのものと解するのは余りにも短絡的に過ぎます。そもそも「地形」という言葉そのものは同じではありますが、〈第十篇 地形〉のそれと、〈第十一篇 九地〉のそれとは自ずからその意味合いを異にするものであります。

 とりわけ、〈第十篇 地形〉は一般的な意味でのいわゆる「地形」を論ずるものではありますが、あくまでもそれは「リーダー論・統率論」との関係で論じられているものであり、メインはむしろ後者にあると言えます。そのゆえに、〈第十篇 地形〉は用兵上の諸原則の一たる統率論として理解すべきであり、自ずから〈第九篇 行軍〉と同じ括りにあるものと解するのが適当です。

5、〈第十一篇 九地〉はこれまで孫子が縷々(るる)述べてきた所論を総括する形での、言わば応用的用兵論たる決戦的敵国侵攻作戦、はたまた弱者の戦法の総括篇たる死地作戦を論ずるものゆえに独立の篇と解すべきであります。

6、〈第十二篇 火攻〉前半部は、特殊的用兵論としての火攻を論ずものでありますが、この火攻は古今、洋の東西を問わず極めて重要な戦法と解されるべきものであります。

 例えば、彼の赤壁の戦いにおける火船隊の活用、長篠合戦における鉄砲の活用、あるいは太平洋戦争末期における米軍のB29による東京大空襲、広島、長崎への原爆投下、近い所では、彼の北朝鮮による核弾頭ミサイル攻撃の威嚇・恫喝作戦などが記憶に新しいところであります。その脅し文句たる「ソウルを火の海する」などの言はまさに火攻の何たるかを雄弁に物語るものであります。まさに孫子の論ずる火攻は、特殊的用兵論として今日においてもなお、極めて重要な問題を提起するものであります。

7、〈第十二篇 火攻〉後半部は、まさに〈第一篇 計〉の巻頭言を再論し、その用兵論を総括するものであります。つまり、〈第一篇 計〉〈第二篇 作戦〉〈第三篇 謀攻〉を首(かしら)とする孫子の用兵論は〈第十二篇 火攻〉後半部をもって最終講とするものでありますが、実は、この用兵論と同じか、もしくはそれ以上の重きをおいて論ずるものが〈第十三篇 用間〉という構成になっております。

 この「用兵論」と「情報論」の関係は、まさに尽きることのないスパイラルなラウンド展開の中に在る、ということは論を俟ちません。孫子十三篇は、卒然という常山の蛇のように、その全篇は微妙に首・中・尾、相応ずるように構成されていると謂われる所以(ゆえん)であります。

三、古来、孫子の解釈が「隔靴掻痒」的なものとならざるを得なかった理由

 何事であれ、物事の結果には必ず原因があります。すでに見てきましたように、古来、孫子の解説がなぜに「隔靴掻痒」(かっかそうよう:かゆいところを靴の上から掻く意。物事が徹底しないで核心に触れないこと)的なものとならざるを得なかったのか、についても立派な理由があります。

 実は、そのことについて詳細、かつ明快に論じているものが孫子塾発行の下記の電子書籍(アマゾン書店)であります。とは言え、これは著者の孫子塾塾長が勝手に個人の見解で述べているものでは有りません。竹簡孫子と現行孫子を校勘し、何が正しく、何が間違っているかを判ずる脳力開発的見地から自ずから得た結論、則ち、孫子十三篇の理論体系(全体構造)と体系図について、孫子自身の言句をもって孫子自らに語らしめたものであります。

  興味と関心のある方は、御一読賜れば幸甚です。

※お知らせ

 孫子塾では、孫子に興味と関心があり、孫子を体系的・本格的に、かつ気軽に学べる場を求めておられる方々のために、以下の講座を用意しております。

※併設 拓心観道場「古伝空手・琉球古武術」のご案内

 孫子を学ぶのになぜ古伝空手・琉球古武術なのか、と不思議に思われるかも知れません。だが、実は、極めて密接な関係にあります。例えば、彼のクラウゼヴィッツは、「マクロの現象たる戦争を、言わば個人の決闘的なミクロの戦いへ置き換えることのできる大局的観察能力・簡潔な思考方法こそが、用兵の核心をなすものである」と論じています。則ち、いわゆる剣術の大なるものが戦争であり、勝つための言わば道具たる剣術・戦争を用いる方法が兵法であるということです。

 とりわけ、スポーツの場合は、まずルールがあり、それをジャッジする審判がいます。つまり、スポーツの本質は、娯楽・見世物(ショー)ですから、おのずから力比べのための条件を同じくし、その上で勝負を争うという形になります。つまりは力比べが主であり、詭道はあくまでも従となります。そうしなければ娯楽・見世物にならず興行が成り立たないからです。

 これに対して、武術の場合は、ルールもなければ審判もいない、しかも二つとない自己の命を懸けての真剣勝負であり、ルールなき騙し合いというのがその本質であります。つまるところ、手段は選ばない、どんな手を使ってでも「勝つ」ことが第一義となります。おのずから相手と正面切っての力比べは禁じ手となり、必ず、まず詭道、則ち武略・計略・調略をもってすることが常道となります(まさにそのゆえに孫子が強調するがごとく情報収集が必須の課題となるのです)。

 つまり孫子を学ぶには武術を学ぶに如(し)くはなしであり、かつ古伝空手・琉球古武術は、そもそも孫子兵法に由来する中国武術を源流とするものゆえに、孫子や脳力開発をリアルかつコンパクトに学ぶには最適の方法なのです。

 古伝空手・琉球古武術は、日本で一般的な、いわゆる力比べ的なスポーツ空手とは似て非なる琉球古伝の真正の「武術」ゆえに誰でも年齢の如何(いかん)を問わず始めることができ、しかも生涯追及できる真なる優れものであります。興味のある方は下記の弊サイトをご覧ください。

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